2017年9月28日 (木)

【セミナー】環境を守る物語の力-東北タイの伝承と開発(10/10東京、10/11京都)

【セミナー】環境を守る物語の力-東北タイの伝承と開発
東京:2017年10月10日(火)18:45-20:30
http://www.mekongwatch.org/events/lecture01/20171010.html
京都:2017年10月11日(水)18:45-20:30
http://www.mekongwatch.org/events/lecture01/20171011.html

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地域が自律的かつ持続的な資源管理を行うためには何が必要でしょうか?

メコン・ウォッチは、まず、そこで暮らす人々の環境認識を再評価し、人々が自
分たちの言葉で資源管理について語り、環境保全を担えるようになる必要がある
と考えました。そこで、協力者と地域住民の皆さんと一緒に、物語を生かした環
境保全に関し調査と環境教育を始めています。

今回のセミナーでは、タイから協力者の一人をお招きし、調査の経過報告と東北
タイの環境保全について、物語が持つ可能性についてお伝えします。

川や森が育む自然資源に根ざした生活が営まれて来たメコン河流域では、自然に
まつわる伝説・昔話・諺などが数多く伝えられてきました。しかし、急激な開発
によって環境が変わり、これらの物語も危機に瀕しています。タイの貧困地帯で
干ばつの常襲地域とされてきた東北タイでは長年、外から「持続可能な資源利用」
や「生物多様性保全」をうたう支援活動が入っていますが、実施の際、地域の自
然の特性や元々あったコミュニティの資源管理に気づかず、生態系や村の協力関
係を壊し、却って環境を悪化させる事例もみられます。

セミナーでは主に、この地域で伝統的に地下水などから生産されてきた塩と物語
に登場する動物との関係や、稲作、周辺との交易など、この地域の特徴について
お話しいただき、主に小中学生を対象とした物語を活かした環境教育についてご
報告いただきます。

■講師紹介
バンペン・チャイヤラックさん
東北タイ・サコンナコン県出身。調査研究に従事するNGOに勤務後、東北タイの
市民グループで自然資源調査を行いながら、地元で有機農業による多品種の米作
り、天然素材の石けんの生産などに携わっている。日本の環境問題の調査の経験
もあり、ナショナル・ジオグラフィック・タイ版などでの記事執筆や東北タイの
生態系、環境問題に関する著作も多数。

■日時
東京:2017年10月10日(火)18:45-20:30
京都:2017年10月11日(水)18:45-20:30

■場所
東京:地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)
   東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F
   地図http://www.geoc.jp/access
京都:アンテナカフェ&スペース 御所西
   京都市上京区新町通丸太町上る春帯町349-1
   地図 http://www.antennacafe.com/#access

■アクセス
東京:地下鉄表参道駅より徒歩5分・JR他渋谷駅より徒歩10分
京都:地下鉄 丸太町駅 徒歩4分
    市バス (系統10、93、202、204) 府庁前 徒歩1分

■定員 東京50名 京都30名
■資料代 700円(メコン・ウォッチ会員、25歳以下は無料)
■申込み
以下のフォームからお申込みください。
東京 https://goo.gl/Pp4ntk
京都 https://goo.gl/fNEcD1

■言語 タイ語からの逐語通訳付
■主催 特定非営利活動法人メコン・ウォッチ
■助成 三井物産環境基金
■お問合せ先
特定非営利活動法人メコン・ウォッチ
Tel: 03-3832-5034 Fax: 03-3832-5039
Email: info@mekongwatch.org

*当団体では、タイ・ラオス・カンボジアの3カ国で地域の伝説・昔話を収集す
る活動を2013-2015年度に行い、それらを掲載した英文ブックレット、現地の小
中学生を対象とした環境教育冊子を発行しています。一部の物語は日本語にも訳
しました。合わせてご覧ください。

日本語(「ネコはどこからやって来たか?」など)
http://mekongwatch.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f223.html
英文ブックレットPLANTS, ANIMALS, SALT and SPIRITS: How People Live with
and Talk about the Environment in Rural Cambodia, Laos and Thailand
(2015)
http://www.mekongwatch.org/PDF/Booklet_PeopleStory.pdf
環境教育冊子Peoples' Stories and Natural Resources Around Us (2015)
タイ語 http://www.mekongwatch.org/PDF/PeopleStory_Thai.pdf
ラオス語http://www.mekongwatch.org/PDF/PeopleStory_Lao.pdf
クメール語http://www.mekongwatch.org/PDF/PeopleStory_Khmer.pdf

2017年2月17日 (金)

【イベント】いつもの会>ラオスの森と焼畑民の暮らし(3/1東京)

皆様

3月1日(水)に開催される「いつもの会」で、メコン・ウォッチのスタッフがラオスの森と焼畑民の暮らしについてのお話をさせていただきます。「いつもの会」は、東南アジア関係の書籍を多く発行するめこん社の桑原晨社長が毎月開催している勉強会です。ご関心のある方は、めこん社(mekong@bolero.plala.or.jp)宛にお申込下さい。


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日時:31日(水)午後7時から

場所:いつもの湯島総合センター3階洋室

会費:1000

講師:東智美さん

テーマ:ラオスの森と焼畑民の暮らし

概要:

 「どうか森を私たちにお貸しください。収穫が終わったら必ずお返しします」。ラオス北部ウドムサイ県のクム民族の村では、毎年焼畑のための土地を開墾する前に、森の精霊に祈りを捧げます。森の民クムの一般的な暮らしは、精霊信仰とともにあり、焼畑農業と森や川での狩猟・採取に支えられています。クムにとっての森は、食物を得る場であり、生活の場でもあります。そこには森で暮らし、焼畑を営んできたクムの人びとの暮らしの知恵が息づいてきました。しかし、そうした焼畑民の暮らしは急速な社会経済的な変化の中で岐路に立たされています。

 

 報告者は、環境NGOメコン・ウォッチのスタッフとして、ウドムサイ県パクベン郡の水源林管理事業に関わりながら、ラオスの土地政策が焼畑民の土地利用に与える影響について研究してきました。今回の報告では、ドキュメンタリー作品を上映しながら、ラオスの焼畑民の暮らしを紹介するとともに、ラオスの森と人びとの暮らしを取り巻く問題についても考えたいと思います。

講師:東智美(ひがし・さとみ)

現在、特定非営利活動法人メコン・ウォッチの理事/ラオス・プログラム担当、及び一橋大学、東京外国語大学非常勤講師。2005年から2013年まで北部ウドムサイ県の森林保全事業に従事。20066月から201010月までラオス国立大学林学部研究フェロー。20143月、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。20143月から20151月までシドニー大学メコン研究グループ研究フェロー。出産・育児休業を経て、20164月よりメコン・ウォッチに復職。主な論文・著書に『ラオス焼畑民の暮らしと土地政策』(風響社)、「森林破壊につながる森林政策と『よそ者』の役割」(『熱帯アジアの人々と森林管理制度現場からのガバナンス論』人文書院)、「水資源管理における住民組織の役割~北タイのムアン・ファーイ・システムに関する一考察~」」(『タイ研究』第4巻)などがある。

2016年11月25日 (金)

【インターン・ブログ】セミナー「ミャンマーへの投資と環境社会問題」に参加して

初めまして、もぐらです。

現在メコン・ウォッチでインターンシップをしている、大学4年生です。

幼いころから「国際協力がしたい」という夢があり、世界最貧国と呼ばれるラオスに留学したり、そのお隣の国・タイで働いたりする学生生活を送っていました。しかし現地に身を置き、そこで暮らす人達と関わりその生活を目にするうちに、「人は何があって何がなければ幸せなのか?」「貧しさとは?」と考えるようになりました。「そもそも日本人である自分が、他国に協力する意味とは?」と、自身の長年の夢自体にも疑問を呈していた頃、出会ったのがメコン・ウォッチです。

今回は、927日に行われたセミナー「ミャンマーへの投資と環境社会問題ティラワ経済特別区の影響住民を迎えて」に参加し、感じたことを綴りました。

ミャンマー・日本両国が官民あげて進めてきた「ティラワ経済特別区(SEZ)開発事業」の名が新聞に躍り出ることは多々ありますが、メリットが強調されることはあっても、その弊害が取沙汰されることはあまりありません。

私自身が知識不足なこともあり、セミナーでは初めて知ることの連続でした。同時に、この事業に限らない、普遍的な問題のようなものも浮き彫りになったと、私個人的には感じています。

1】人と企業

セミナーでは、ティラワ地区住民と聴講者合わせて40人以上が、一堂に会しました。

私はこの時、ひどい違和感を覚えていました。

なぜなら、ミャンマー側と日本側、向き合っているはずなのに、お互いが違う方向を向いているような、そんな気がしたからです。

「誰かの人生や生きがい、命よりも優先すべきものって、ありますか?」と、道端で出会った人に、聞いてみたとします。

たぶん、「そんなものはない」と、誰もが言うのではないでしょうか。

ではこの質問を、企業にしたとき、どんな答えが返ってくるでしょう。

「その質問は、企業活動にとって本質的ではない」

そんな風に、はぐらかされてしまうと思います。

でも、その企業で働く個人個人に同じ質問をしたら、やっぱり、道端で出会った人と同じ答えを出すでしょう。

すごく不思議だけど、考えてみると当たり前。

人は、自分や周りの人の幸せの為に生きてるのかもしれないけれど、企業は、利益の為に在るから。

このセミナーにあった違和感とは、両者の目指すものが全く違う方向にあるという、ちぐはぐさのことだったのだと思います。

2】何が起きている?

企業は、利益を上げていかなければいけない。

企業は、消費者の欲望に、答え続けなければいけない。

企業は、国は、常に成長していかなければいけない。

そんな「使命」に憑りつかれて、社会に無理を強いているうちに、徐々にいろんなところに歪みが生まれたのだと思います。例えば、今ティラワ地区で起きていることのように。

本当は、どうすれば無理がないか、歪みができないか、考えてから実行に移していくべきです。しっぺ返しは、いつか自分達のところに戻ってくるのだと、理屈では誰もが分かっているのではないでしょうか。

でも、状況はめまぐるしいスピードで動いていて、立ち止まって考えることを許しません。激しい国際競争に負けないよう、常に走り続けなければいけません。

だから、自分達とは関係ない、何処かの誰かを犠牲にして、少しでも時間稼ぎをしながら、どんどん新しいことをするしかありません。

失敗しても、自分達には痛手がないように。見えないように、巧妙に。

仮に、この事業で思うような結果が得られなかったとしても、企業や国にとっては大したことではないでしょう。

「上手くいくか分からないが、やってみよう。失敗したところで、お金と時間が無駄になる、せいぜいそれくらいのことだ」

そんな軽い気持ちでも、始められることなのかもしれません。

でも、住民にとってはそれだけでは済まされません。

企業や国の思いつきに、人や、家族の運命が振り回されている現実があります。

人生を狂わされるのが、自分だったら?家族や、友達だったら?

それでも、この事業を推し進めるでしょうか。

問題が自分の身の回りから離れたとたん、考えることを止めているような気がします。まるで、ゴミをポイ捨てする人みたいに。

3】誰のせい?

実はこの時、もう一つ、違和感を覚えたことがあります。

それは、自分の考えが穴だらけだということです。

自分の考えと現実とを見比べてみた時、大きな矛盾に気が付いてしまいました。

例えば、今回のセミナーに参加した後、「だから今の社会のシステムが嫌いなんだ!」とか「もっと思いやりを持つべきだ!」とか、そんな薄っぺらい言葉を感情的に叫ぶのはとても簡単です。

でも私は、そんなことをしたくありません。そんな権利がないことも、分かっています。

なぜなら、その大嫌いな今の社会のシステムの恩恵に預かって、私は自分の生活を成り立たせているからです。

1年中季節の食べ物を口にし、安価な洋服を使い捨て、流行りの化粧品を惜しみなく使い、スマホのモデルチェンジを待つ。

私達消費者が便利でモノに溢れた生活を求め、企業はそれに応えてきたまでのことです。

企業の活動を一方的に批判することが出来る人は、おそらくどこにもいません。

今のシステムを作り上げ支えてきたのは、紛れもなく、消費者である私達自身です。

物質的に豊かな生活の向こう側にある誰かの涙に知らんふりをして、今の生活を享受し続けてきたのも、私達です。

まず、謙虚に反省すべきは、自分なのだと思いました。

4】どうするべき?

セミナーでは、ある住民が「当事者である民衆が立ち上がる必要がある」と言いました。私にとって、この言葉がとても印象的でした。

変えたいなら、変わるべきなのは、私達。声を上げていくのも、私達です。

私は、とりわけ、若者にその役目があると思います。だって、この社会を作り上げたのは大人達かもしれないけれど、これから生きていくのは、私達若者だから。

大人達が当たり前のように私達に刷り込んできた価値観を、一つ一つ考え直さなければいけない時が来たのだと思います。

「私達の時はこうだった」「これが伝統・常識だ」なんて言う大人はどこにでもいるけれど、従う必要はないと思います。そうやっていつまでも過去を押し付けるような人は、美化された思い出に浸り続けて、自分のやり方の欠点を見認めたくないとか、見たくないものから目を背けたいというだけではないでしょうか。

疑問なんて抱かない方が、楽なのかもしれません。既に確立されてきた考え方や手法に倣うのが、要領のよい生き方かもしれません。

でも、そうやってみんなと同じようにしていったとしても、いざ立ち行かなくなったとき、みんなが助け合える確証はないと思います。

「自分の身近な所にのみ気を付けていれば、自分が生きている間くらいは逃げ切れるだろう」と目論んでいるような今の社会を見る限りだと、ピンチが訪れた途端みんなが団結し合う、なんて都合のいいことは起こらないと思います。

大事なのは、一人一人が自分の意志を持ち、それぞれの立場で声を上げ行動することだと思います。

「知識が無いから分からない。だから意見を言っても、批判されてしまうかもしれない」

そんな恐怖も感じるかもしれません。

でも、この文脈で使われる知識という言葉は、「教科書や先生から習うような、西洋的な、すでに確立された理論や概念」という意味ではないでしょうか。

自分の見聞きしたことや経験、確証のない気持ちや感覚などから生まれる意志や意見にだって、価値はあるはずです。

自分一人だけで何かを変えることは難しいと思います。でも、例えごく少人数だとしても、声を上げ行動に移す人がいるという事それ自体に、大きな意味があると思います。

今回のセミナーの聴講者は、自分と同じくらいの歳の人がほとんどいなかったのが残念でした。もっとこういうところで、自分と同じくらいの歳の人や学生と出会い、話をしたいなと思います。

【イベント】見る・伝える:カンボジアの人々の苦悩と希望〜人権状況の今と女性たちの闘い〜(12/16東京)

1991年のカンボジア和平成立から25年、クメール・ルージュによる虐殺とその後の混乱から立ち直ろうとするカンボジアの人々と協力し、多くの日本人が同国の平和を目指し様々な活動を続けてきました。高い経済成長率、プノンペンの活況から、カンボジアは目覚ましい発展を遂げているように見えます。しかしその裏側では、急激な発展の歪みともいうべき問題が顕在化しています。

残念なことに、今のカンボジアでは、日本政府が協力した法整備、公正な選挙活動が行われるための市民の監視活動、そして、様々な草の根の協力が損なわれかねない暴力的な経済開発、市民社会への弾圧が続いています。

このイベントでは、公正な社会を目指し最前線で闘い続けているカンボジアの女性たちの姿を記録する写真家、高橋智史さんの作品をご自身で解説していただくとともに、カンボジア政治を専門とし、選挙監視を続ける研究者の山田裕史さんから、現在の状況を生み出す背景や日本とカンボジアの関わりについて語っていただきます。その中から、日本の市民としてカンボジアの人々が安心して暮らせる社会を作るために、今どんな協力ができるのかを、参加者のみなさんと考えたいと思います。

 

開催日時:1216日(金)18:30-20:30

■参加費:1000円(共催、協力団体会員、学生500円)

会場:経王寺(住所:東京都新宿区原町1-14

アクセス:都営大江戸線 「牛込柳町」駅下車 東口駅前

東京メトロ東西線 「早稲田」駅下車 馬場下口改札より徒歩15

都営新宿線 「曙橋」駅下車 曙橋口改札より徒歩15

 バス JR新大久保駅前より「新橋」行きにて「牛込柳町」下車

 

話し手:

高橋 智史(フォトジャーナリスト)

日本大学芸術学部写真学科卒。プノンペン在住。2003年からカンボジアの社会問題の取材を開始。13年と14年に2年連続で「国際ジャーナリスト連盟日本賞」大賞受賞。14年「2014年第10回「名取洋之助写真賞」受賞。

山田裕史(カンボジア市民フォーラム事務局長、新潟国際情報大学講師)

上智大学大学院修了。博士(地域研究)。(財)松下国際財団「アジア・スカラシップ」

奨学生としてカンボジアへ留学。国際選挙監視員としてカンボジアで9回、選挙監視

活動に従事。「カンボジアの選挙に関する調査研究で「第7回秋野豊賞」受賞」。

 

プログラム:

18:30 開会の挨拶、プログラム説明

18:40 転換期を迎えたカンボジアの政治・社会情勢(山田裕史)

19:10 質疑応答

19:20 休憩

19:30 屈せざる女性たち(高橋智史)

20:00 質疑応答

20:10 フロアとの意見交換

 

申込みはこちらのフォームからお願いします。

https://ssl.form-mailer.jp/fms/1514e0ef478708

 

共催:アーユス仏教国際ネットワーク、メコン・ウォッチ

 

協力:アジア太平洋資料センター(PARC)、開発教育協会/DEAR(交渉中)、カンボジア市民フォーラム(交渉中)

2016年4月 3日 (日)

【コラム】 人びとの物語で読むメコン~第六話 虱まみれのルイあんちゃん

英文ブックレット『人びとの物語』を日本語訳で紹介するコラムです。第六回目は前回同様、ラオス・クム民族のお話から、「虱まみれのルイあんちゃん」を取りあげます。ビエンチャン県にあるナサオナン村のシエンビライ・ウライトンさんからうかがいました。『人びとの物語』42~43頁に掲載してあります。[1]

**********
虱まみれのルイあんちゃん

むかし、あるところに、ひとりの女が住んでおりました。女には息子がひとりおりましたが、夫のすがたは見えませんでした。息子はたいへんな怠けもので、母親にたよりきったまま日々の生活を送っていました。

そんなある日、女が亡くなりました。息子は天涯孤独になってしまったのです。お金もなく、からだも垢だらけになりました。村人たちはこの息子を、「虱まみれのルイあんちゃん」と呼ぶようになりました。

ルイあんちゃんは、村の嫌われものでした。村人たちに、村から出て、近よらないように言われました。それで、ルイあんちゃんは村の近くに小屋を建て、そこで生活するようになりました。生計手段はもっぱら陸稲(おかぼ)作りです。

村人はだれひとりとしてルイあんちゃんに近づこうとしませんでした。からだじゅう垢だらけで、まさに虱まみれだったからです。みんなから馬鹿にされ、のけ者にされました。村の行事などでも、いつも、ひとりぼっちでご飯を食べていました。

ある時、郡長が村に畑の種まきを命じ、ルイあんちゃんも作業にかりだされました。畑には白アリの巣があちこちにあり、地面はかたく、種をまく穴を掘るにもひと苦労でした。ルイあんちゃんは、白アリの巣がひときわたくさんあるところに種をまくように言われました。このことを知った郡長の娘は、ルイあんちゃんに同情しました。それでルイあんちゃんに手をかそうとも思いましたが、やはり近づくのははばかられ、とおくからようすを見ていました。

白アリの巣があるところに穴を掘るのはたいへんでした。そこで、ルイあんちゃんは巣のまわりに種をまいていましたが、そのうち巣がひとつくずれて、中から金銀の財宝がすがたをあらわしました。なんという幸運でしょう。ルイあんちゃんはさっそく財宝を郡長の娘に見せようと思って、声をかけました。でも、娘は信用してくれません。近づこうとしないのです。ルイあんちゃんは言いました。「ぼくに近づきたくないならいいよ。むこうに行ってるから、ここに来て見てごらん。」

娘がルイあんちゃんの立っていたところに来て見てみると、そこには、金銀の財宝がよこたわっていました。ふたりは、お昼休みも時間にまぎれて、財宝をそっくりルイあんちゃんの小屋に隠してしまいました。

種まきの作業が終わりました。ところが、郡長の娘は自分の家に戻ろうとしません。娘はルイあんちゃんの小屋に泊まることにしたのです。娘が帰ってこないと聞いて、郡長はたいそう驚きました。でも、娘の思いどおりにするしかありませんでした。

郡長の娘はルイあんちゃんの髪を切って、お風呂に入れ、身につけているものもすべて洗濯してやりました。それから二十日間、娘はルイあんちゃんの小屋に泊まり、その後、ようやく郡長のもとに戻りました。

家に戻った娘は、郡長に言いました。「おとうさん、バナナが食べたくなったら、ルイあんちゃんの小屋の屋根にあがって取るといいわよ。」でも、郡長には娘のことばの意味が分からず、はじめは無視していました。

七日目になってようやく、郡長は娘の言うことを無視できなくなり、ルイあんちゃんの小屋に出かけて行きました。そして、椅子を持ってくると、それを踏み台にして屋根にあがりました。そうして下を見ると、金銀の財宝が目にとびこんできたのです。郡長は屋根からおりると椅子をきれいにふいて、なにくわぬ顔で家に戻って行きました。

Kmhmu_jar_of_alcoholこの一件があってからというもの、村人たちはルイあんちゃんの種まきを手伝うようになりました。作業が終わって夕ごはんの時間になると、ルイあんちゃんはみんなにお米でつくった酒「ラオハイ」をふるまいました。村人たちは、ルイあんちゃんの小屋が不潔だと思って、自前のストローを持ちよってきました。ところが、酒樽には純金製のストローがさしてあり、村人たちはおどろくと同時に、恥ずかしい気持ちになりました。それで、持ちよったストローを小屋のそとに捨ててしまいました。

郡長は、娘とルイあんちゃんの結婚をみとめました。ふたりはしあわせに暮らしました。いまでも地面に薪(まき)がころがっていることがありますが、それは村人たちが捨てたラオハイ用のストローのなれのはてなのです。

**********

賤(いや)しい出自のルイあんちゃんが幸運にめぐまれ、高貴な人の目にふれ、やがてはしあわせな一生をおくれるようになる物語です。ルイあんちゃんは、特別な知恵をもっていたわけでもなく、なにかにいのちを賭したわけでもなく、かといって、突然、生来の怠けぐせをあらためて勤勉になったようでもありません。もし、ルイあんちゃんの側に、幸運を引きつける理由があったとすれば、自らの不幸や村人の扱いに一言たりとも不満をもらすでもなく、金銀財宝に一瞬たりとも目がくらむわけでもなく、たんたんと生きてみせる「純朴さ」ということなのかも知れません。

一方、村人は、ルイあんちゃんを嫌いながらも、完全に放逐はせず、村のはずれに住まわせていました。逆に、行事や作業に参加させながら、けっして交わろうとはしませんでした。それが、最後には、ルイあんちゃんの寛容さに接して、自らの振るまいを恥じることになります。伝統的な村では、出自にしろ、障害にしろ、言動にしろ、さまざまな形で異質な仲間と折りあいをつけながら共同生活をいとなむ必要があったものを思われます。この物語には、そういうリアリティが反映しているように思えます。



[1]『人々の物語』の原題は、Plants, animals, salt and spirits: How people live with and talk about the environment in rural Cambodia, Laos and Thailand(『木々と獣と塩と精霊~タイ・ラオス・カンボジアの農村の環境と人びとの暮らし』、メコン・ウォッチ発行、2015年)。以下で閲覧可能 http://www.mekongwatch.org/PDF/Booklet_PeopleStory.pdf

(こうもり記)

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