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2015年11月 7日 (土)

【コラム】 人びとの物語で読むメコン~第三話 ネコはどこからやって来たか?

日本語訳を求める声にこたえて、英文ブックレット『木々と獣と塩と精霊~タイ・ラオス・カンボジアの農村の環境と人びとの暮らし』(原題:Plants, animals, salt and spirits: How people live with and talk about the environment in rural Cambodia, Laos and Thailand、以下、『人びとの物語』と略称)に掲載した物語を、仮訳とコメントで紹介するコラムです。第三回目も、北タイ・アカ族のアムイ・チェムイさん(64才)から聞いたお話で、「ネコはどこからやって来たか?」。『人びとの物語』7879ページに掲載してあります(注1)。

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ネコはどこからやって来たか?

むかしむかし、神様は、この世のあらゆるものをお造りになり、そこには、山や川に住む、いろいろな種類の動物たちも含まれていました。ところが、神様はネコを造ることをお忘れになっていました。この世は、そこら中がほこりだらけで、ネズミたちがはばをきかせ、人間たちは困っていました。ネズミが野菜を食べつくし、収穫することができなかったからです。ネズミたちはいろんなものをだめにしてしまいました。

ある日、人間たちは、神様に相談して、この問題を解決していただこうと思いたちました。それで、神様をお訪ねして、こう言いました。「神様」。

神様がお答えになりました。「なんじゃな?」 人間たちはつづけました。「これでは生活が成りたちません」。神様はお尋ねになりました。「どうしたのじゃ? なにかあったのかな?」 人間たちは訴えました。「ネズミが多すぎるんです。野菜もなにもかもだいなしにしてしまって。ネズミを追い払うのに、ネコがほしいんです」。

神様はしばらくお考えになり、ご自分の腕をこすって取った垢を三本の竹の筒の入れものにお入れになりました。そして、それを人間たちにわたして、こうおっしゃいました。「よいか。家に帰りつくまで中を見てはいかんぞ」。

家に帰る途中、人間たちは話し合いました。「神様はなにを下さったんだろう?」 人間たちは竹の筒に入っているものが見たくて、見たくて、たまらなくなりました。もうこれ以上がまんできなくなって、一本の竹の筒のふたを開けて中をのぞきました。すると、なにかがとびだして、目にもとまらぬ速さで走り去って行きました。人間たちは竹の筒の口をふさぎましたが、もう手おくれでした。

しばらく行くと、人間たちは、また、竹の筒に入っているものが見たくて、見たくて、たまらなくなりました。がまんできなくなって、もう一本の竹の筒のふたを開けて中をのぞきました。すると、また、なにかがとびだして、すごい速さで走り去って行きました。人間たちは言いました。「最後の竹の筒を開けるとやばいことになるぞ。家に着く前に開けたら、ネコが手に入らなくなる」。

人間たちは、残った竹の筒を開けることなく、なんとか家にたどり着きました。それで、竹の筒の中をのぞいてみると、ネコが入っていたのです。

こうして神様はご自分の垢でネコをお造りになって、人間たちに下さったのです。それからというもの、ネコは人間たちと生活をともにしています。


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真剣に訴える人間たちと、どことなくぞんざいで、垢をこすり取ってネコを造ってやる神様との対比がおかしくて、『人びとの物語』に収録しました。

この物語は、慣習や地名、生きものの習性などの始まりを説明する「起源譚」のひとつです。また、人間たちが二度失敗したのち、三度目に成功するところは、民話や昔話などでおなじみの「試練の経験」です。つまり、形態としては、物語らしい物語です。

しかし、一方でオチが弱く、全体として、強く印象に残る物語ではありません(私でも、せめて「人間たちは筒の中の生きものに逃げられないように、小さな穴を開けて、お酒を流し込み、眠らせてしまいました。さて、ネコは期待通りネズミを追い払ってくれたのですが、お酒に酔っぱらってしまって以来、ネズミを追いかけない時は一日中でも眠っているようになりました」くらいのオチは付けると思います)。

ただ、有名な柳田國男の『遠野物語』などを読んでみても、民話や昔話がすべて桃太郎やかぐや姫のように完成度の高いものではありません(注2)。むしろ、どこか中途半端で物足りなく、しかしながら、なんどもくりかえし聞いたり読んだりしているうちに味わいが出てくる、それが人びとの物語の本来の姿ではないかと思えてきます。「ネコはどこからやって来たか?」も、原型はもっともっと単純なお話だったのかも知れません。

さて、ここでアカ族についても少し紹介しておきましょう。アカ族は、シナ・チベット語族に属するアカ語を話す民族で、ビルマ/ミャンマーに
20万人、中国・雲南省に24万人居住するほか、ラオス、ベトナム、タイでも暮らしを営んでいます。北タイに住むアカ族は、ビルマでの戦乱や経済的困窮を逃れてきた場合が多く、チェンライ県などに56,600人ほど居住していると云われています。キリスト教徒が多く、アカ語を日常語として使っています(注3)。『人びとの物語』に収めた四つの物語も、まずアカ語で録音し、その後、タイ語や英語に翻訳しました。

Akharegionalmap1_2

(中国・ビルマ・ラオス・タイにまたがるアカ族の居住地=赤枠内)(注4)



1)『人びとの物語』は、以下のサイトで閲覧可能http://www.mekongwatch.org/PDF/Booklet_PeopleStory.pdf
「ネコはどこからやって来たか?」を採録するにあたっては、同じアカ族のアリヤ・ラタナウィチャイクンさんの協力も得ました。


2)柳田國男(1976)『遠野物語・山の人生』岩波文庫

3)『人びとの物語』67ページの解説より。

4)地図は、Akha Heritage Foundationのサイトより。

(こうもり記)

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