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2016年3月28日 (月)

【コラム】 人びとの物語で読むメコン~第五話 ジャコウネコ

英文ブックレット『人びとの物語』の内容を日本語訳で紹介するコラムです。第五回目は、ラオス・クム民族のタナリィさんから聞取ったお話で、「ジャコウネコ」。『人びとの物語』3639頁に掲載してあります。[1]

**********

ジャコウネコ

むかし、あるところに、ポー・ジャ・ランという若者がおりました。ポー・ジャ・ランには心から愛し合う娘がおり、二人は結婚を約束していました。ところが、間の悪いことに、ポー・ジャ・ランは三年の間、兵役に取られることになってしまいました。「戻ったら結婚しよう」と言い残して、ポー・ジャ・ランは村を出てゆきました。

娘は長い間、ポー・ジャ・ランを待ちこがれました。しかし、重い病気にかかって、とうとう死んでしまいました。親戚や村人たちは娘を森の中に埋めることにしました。ところが、不思議なことに、死体が寝台にぴったりとくっついて、運びだせないのです。村人たちは恐れおののきました。それで、死体を動かすかわりに、村ごと引っ越してしまったのです。

Sing_mongblog 三年の兵役を終えたポー・ジャ・ランは村に戻ってきました。村に着くころには日もとっぷりと暮れていましたが、娘の家が見えるや、一目散に駆けてゆきました。家にたどり着いてとびらを開けると、中はまっくらでした。ポー・ジャ・ランは、娘に向かって灯りをともすように言いました。すると、中から声が聞こえました。「ご自分でなさってください。わたしが灯りをともせば、あなたは驚かれることでしょう」。

しかし、ポー・ジャ・ランが気を悪くすると思ったのか、結局、娘が灯りをともしました。そして、二人は、かつてのようにことばを交わしはじめたのです。ところが、ポー・ジャ・ランは、ふいにただならぬ気配を察しました。娘はとうに死んでしまって、幽霊になっているようなのです。ポー・ジャ・ランは逃げだすことにしました。それで、「用をたしてくるから、ここで待っていてくれないか」と娘に言うのですが、娘は離してくれません。ポー・ジャ・ランがなんども頼むものですから、娘はようやくポー・ジャ・ランを離しました。

ポー・ジャ・ランは家から出ると、しらみを一匹つかまえて、となりの家との境に置きました。そして、しらみに向かって言いました。「だれかがぼくの名前を呼んだら、『ここにいるよ』と言っておくれ」。それから、水のいっぱい入ったやかんをさかさまにしました。やかんからは水がこぼれ、用をたしているような音をたてました。

ポー・ジャ・ランは森の中に逃げこみました。しばらくすると、娘がポー・ジャ・ランの名前を呼びはじめました。すると、しらみがこたえました。「ここにいるよ」。ところが、なんど呼んでも同じこたえが返ってきます。おかしいと思った娘が家から出てくると、しらみとやかんが目にはいりました。娘は背中に寝台を背負ったまま、「わたしのポー・ジャ・ラン! わたしのポー・ジャ・ラン!」と叫びながら、ポー・ジャ・ランを探してさまよいはじめました。

ポー・ジャ・ランは森の中を走りつづけて、ひどく疲れていました。それで、すっぱい実をつける木のところで立ちどまると、一匹のジャコウネコがいました。ポー・ジャ・ランはジャコウネコに助けを求めました。ジャコウネコはポー・ジャ・ランに言いました。「着ているものをぜんぶ脱いで、木のほらにかくれるんだ」。そして、ジャコウネコはポー・ジャ・ランの脱ぎすてた服を身につけました。

娘がやってきました。ポー・ジャ・ランの姿を見とめると、とってもうれしそうな顔をして、ポー・ジャ・ランに抱きついて踊りだしました。娘は言いました。「この服はたしかにポー・ジャ・ランのもの。でも、あなたには前足があって、ジャコウネコのような手ざわりだわ」。娘は、「わたしのポー・ジャ・ラン! わたしのポー・ジャ・ラン!」となんどもくり返しました。ジャコウネコはしばらく娘と踊っていましたが、ついに娘の首すじにかみつくと、娘は死んでしまいました。

ポー・ジャ・ランは家族といっしょにジャコウネコにお礼を言いました。ポー・ジャ・ランはジャコウネコを一族の幸運の印(しるし)とし、ジャコウネコを殺めたり食べたりしないで敬うことを誓いました。ポー・ジャ・ランの一族では、ジャコウネコの肉を食べたりすると、歯が抜けおちて、皮膚が焼けただれると信じるようになりました。それから、家を建てるときには、すっぱい実をつける木を柱に使わないことを決めました。倉の中のお米が腐ったり、家族が病気で死んでしまったりといった不幸が起こるからです。

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クム族は、オーストロアジア語族のモン・クメール語に属するクム語を話し、ラオス、タイ、ベトナム、中国・雲南省に住む先住民族です。ラオスには約
61万人が居住し、国内人口の11パーセントを占めています(2005年統計)。伝統的には焼畑農業を主体に、狩猟・漁労・採集によって生活を営んできました。クムの人びとの生活については、第六回目以降でご紹介できると思います。[2]

「ジャコウネコ」は、戦場に出かけた許婚(いいなづけ)を待ちきれずに死んだ娘が霊となって、帰郷した青年を追いかける物語です。本来、悲しくも恐ろしいお話のはずですが、やかんの水で霊をだます場面がこっけいであったり、霊を退治したあとのポー・ジャ・ランが存外あっけらかんとしている様子から、ちぐはぐな印象を受けます。ながく語りつぐ間に、たくさんの語り手がいろんな要素を取りこんでいったのかも知れません。

私は、この物語を読んで、「浅茅が宿」を思いおこしました。「浅茅が宿」は、上田秋成が著し、
1776年(江戸後期)に発刊した『雨月物語』(うげつものがたり)の怪異9篇の一つですが、浅井了意が1666年(江戸前期)に出した『伽婢子』の中の「遊女宮城野」の物語を下敷きにしており、「遊女宮城野」は、さらに中国の瞿佑(くゆう)が14世紀後半(明代)に撰んだ怪異小説集『剪灯新話』(せんとうしんわ)の中の「愛卿伝」にまでさかのぼれるようです。これらの物語と「ジャコウネコ」は、(1)愛する男が女を残して故郷を去る、(2)男が帰郷する前に女が死んでしまう(3)帰郷した男の前に霊魂に化した女が生前の姿で現れる、といった点で一致しています。[3]

この一致は偶然なのでしょうか? 偶然でないとすれば、漢族の物語をクム族が学んだのでしょうか? あくまで可能性ですが、その逆もありえないことではないのかも知れません。つまり、もともとクム族の物語であったものが、明代以前に来訪した漢族の異国趣味を刺激して、後者の記憶・記録に残った可能性です。「ジャコウネコ」のちぐはぐさは、原型により近い物語からにじむ味なのかも知れません。



[1]
『人々の物語』の原題は、Plants, animals, salt and spirits: How people live with and talk about the environment in rural Cambodia, Laos and Thailand(『木々と獣と塩と精霊~タイ・ラオス・カンボジアの農村の環境と人びとの暮らし』、メコン・ウォッチ発行、2015年)。以下で閲覧可能 http://www.mekongwatch.org/PDF/Booklet_PeopleStory.pdf

[2]
『人々の物語』33

[3]
参考資料として、朴煕永(2004)「浅茅が宿」の怪奇の構造と主題 『筑波大学比較・理論文学会文学研究論集』222138頁、楊曦(2012)『伽婢子』に見られる浅井了意の翻案意図~『剪灯新話』との比較を中心として 『第9回国際日本語教育・日本研究シンポジウム予稿集』がある。

イラスト:カンケオ・シマナ

(こうもり記)

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